誕生日とクリスマス







氷帝学園。12/24はあいにく部活のある日だった。

部活といってもレギュラーとなると練習量が違う。

そのため、今日の部活はレギュラーのみの練習でもあった。

学校は冬期休みに入っているが、レギュラーたちの練習を見たいがために

わざわざ学校にくる野次馬やファンの子がいたりする。

しかも、クリスマスともなれば、圧倒的に女子が多い。

そんな氷帝学園に他校である越前リョーマが眠い顔で訪れていた。

越前リョーマの属する青春学園のテニス部は久しぶりの休みで、

越前は氷帝の部活の終る時間を見計らってやってきていた。

今日で何度目なのか見慣れた風景と行き慣れた場所。

越前はテニス部に向かう。

その途中で三人ほどのグループの女子とすれ違う。

その女子の一人が越前の顔を見て、睨むと越前の前に立ち塞がる。

「あんた、最近よく跡部サマと一緒に居る越前リョーマね」

棘のある言い方に越前は跡部のファンだと直感する。

面倒で関わりたくないと思いながらも、越前の前を完全に塞ぐ。

「他校のクセにあんた生意気なのよ」

生意気に他校も関係ないと思いながら、小さく溜息を吐く。

それがさらに気に入らなかったのか、女子の一人が越前にさらに罵倒する。

「あんたと跡部サマとじゃ釣り合わないわよ、さっさと帰りなさいよ」

さすがに越前はムッとした。

「顔も知らないあんたに言われたくないんだよね、それにそういうのウザいんだけど」

越前の本音だった。

ただのファンにとやかく言われたくない。

面倒な嫉妬などに関わりたくない。

その越前の言葉に女子は唇をかみ締めて顔を赤くし、

越前の頬をバシッとビンタした。

越前はいきなりのことに何が何だかわからない。

分からないまま、越前は突き飛ばされ、捨て台詞を吐いて

その場から立ち去っていく。

「うるさいわね、あんたといると跡部サマの格が下がるのよっ」

越前は尻餅をつき、その三人の女子の後ろ姿を唖然としながら、見送った。

越前は立ち上がり汚れをはたくと、ちぇっとつぶやいた。

「何あれ、意味わかんないんだけど」

頬に痛みを残し、理不尽さとムカつきさを覚えながら、

越前は跡部という男がいかにここ氷帝学園では影響力があるか思い知らされた。

ファンのたわいもない嫉妬ややっかみの言葉が越前の心に小さく突き刺さっていた。




テニス部では片付けが終っているらしく、コートには人はいない、

近くのベンチにはテニス部の監督である榊が座っていた。

榊は越前の姿を見つけるとベンチから立ち上がり、そばに来る。

「越前リョーマか、跡部なら今最後のチェックをしている」

部長である跡部は常に部活の最後まで居残る。

部員の片付けのチェックや部室の鍵、倉庫などの開け閉めなどの確認は部長の仕事でもある。

基本的に鍵類は部長と榊の二人しか持たせないことになっている。

榊は越前の心を見透かすように鋭い視線を送る。

越前は軽く挨拶を交わした。

越前は榊が苦手だった。

全てをさらけ出しているような感覚に陥るその視線が苦手だった。

もしかしたら、跡部との関係を気づいているんじゃないかと思うほどに。

そんなことを考えている間に跡部の姿を越前の視線が捕らえる。

「越前、今終わるから少し待ってろ」

来ることが当たり前のように、跡部は越前に声をかけてから、榊と会話を始める。

越前は邪魔にならないように少し、距離を離す。

世間では生意気だといわれている越前だが、礼儀は人並みにはわきまえている。

特に、氷帝内では跡部に迷惑かからないようにしているつもりなのだ。

榊との会話が終わった跡部は越前を連れ立って部室へと赴く。

誰も居ない部室のテーブルに山に詰まれた箱の山。

いかにもファンからの贈り物だとわかる存在。

基本的に跡部は贈り物は受け取らない主義だ。

ひどいときには本人の前で捨てるという行為もする。

それでもファンは絶えず贈り物をする。

今では周りを巻き込んで部室に置いてもらうなどの手段に出てきている。

さすがに面倒になったので、一日の終わりにまとめて捨てることにした。

「跡部さん、それ…」

「ゴミだ」

跡部はしれっと言った。

越前はさっきのファンの子のプレゼントもあるのかと一瞬、頭をよぎる。

「越前、俺はお前以外のプレゼントは受け取らない。それがファンであってもだ」

跡部はそういった。

越前はそれが跡部の優しさだと知っている。

ファンだからと情で受け取っても相手が最後には必ず傷つく。

しかも跡部には越前という恋人がいるのだ。

ならば、最初から受け取らないほうがいい。

いらぬ誤解も生むこともない。

越前は跡部に大事にされている実感を抱きながらも、

ファンの子のことを考えると何だか複雑な気持ちになった。

「越前、待たせたな」

跡部は少し気落ちしている越前に声をかけた。

「お前が気にすることはないぜ、俺がそうしたいだけだ」

そう言ってくれたが、それでいいのか。とも思ってしまうのも事実だった。



越前は跡部とともに行き先も告げられないまま、出迎えの車で移動させられている。

運転手は二人のことには触れないまま、車の運転に終始集中していた。

車の中であまり会話もないまま、目的地に着く。

跡部は運転手に待つように命じ、越前とともに車から降りる。

すっかり日も落ち、暗くなった遊園地の正門。

普段なら営業しているだろうと思われる時間でもあるのだが。

跡部は躊躇なく、園内の中へと進む。

正面に観覧車が見える場所で跡部は電話を取り出し、号令をかけていた。

パッと園内の照明が付き、観覧車が静かに回る。

観覧車に貼り付けたイルミネーションが七色に点灯した。

そこには

【Happy Birthday 越前】

と浮かびあがる。

跡部は越前の正面に立つと自分の口から言った。

「Happy Birthday 越前」

「跡部さん、ありがとう」

跡部は越前を引き寄せ、優しくキスをした。

「越前、こっちへこい」

跡部は越前を近くの園内のレストランに連れ出す。

そのテーブルにはケーキとご馳走が並ぶ。

しかもケーキには誕生日おめでとうの文字とメリークリスマスの文字が並ぶ。

隣同士に座り、ケーキと食事をする。

初めての二人だけのクリスマスと誕生日。

越前は嬉しかった。

それでも、越前の心にはファンの放った一言が忘れられなかった。

「跡部さん、俺、跡部さんの恋人でいいの?」

「当たり前だ。俺がそう決めた。
世界中の人間すべてがお前の敵に回っても、俺だけはお前の味方でいる。
俺にはお前がいればいい」

跡部は越前を強く抱きしめた。

「跡部さん」

越前は跡部の言葉で目が覚めた。

恋人の跡部の言葉を信じるだけ。

この言葉は彼の本心であって、真実なのだ。

「越前、好きだぜ」

「跡部さん、俺も好き…」

二人はいつまでも抱きしめあっていた。





次の日の氷帝学園に奇妙なうわさが飛び交う。

ファンの何人かが跡部の怒りを買って制裁を受けたという。

はたしてどのようなことをされたのかは、明らかになっていない。

それを境に跡部へのプレゼントが極端に減ったとの噂も流れた。





余談であるが、跡部から越前のプレゼントは他にもあった。

ウインブルドンで行われるテニス大会観覧チケットで、

跡部と越前のデートを兼ねているらしい。

さすがの越前もドン引きだったそうだ。

「跡部さん、さすがにこれは受け取れない」

「俺がデートに誘うんだぜ、構わないだろ」

相変わらず、金持ちのやることは理解できない越前だった。








おわり